『幸福の「資本」論』橘玲

Webでこの本の紹介記事を見かけて興味を持ちました。「この著者」が幸福を語る、というのが面白そうだったからです。
著者の本は『マネーロンダリング』、『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ』などそれなりに読んでますが、論理的でとことん現実的で明晰なのですが、情がない、身もふたもない論調という印象を持っています(攻撃的ではありません。むしろ物腰は非常にやわらかい文章です)。
この著者が「幸福」について論じる。だとしたらそれはぼんやりした自己啓発様のものではなく、明瞭な理論をもって「幸福」という主観要素の大きい曖昧なものを語ってくれるのではないか。そんな期待をして本書を手に取りました。

本書は、人が持つ資本=資産を、金融資本、人的資本、社会資本の3種類に分類したうえで、幸福になるためにはこれらを把握して現実的な戦略を立てています。具体的には、大切なひととのごく限られた愛情関係と、広い「弱いつながり」を保ちつつ、一つの組織に生活を依存しない、専門的な知識・技術・コンテンツを活用して、プロジェクト単位で気の合う「仲間」と仕事をする、というのを「幸福な人生の最適ポートフォリオ」として提示しています。

実は結論の「幸福な人生の最適ポートフォリオ」部分だけ見ると、それほど斬新な話でもありません。しかし、本書の面白さとはそこではないのです。
本書は「幸福」を定義し、人はなにから幸福を感じるのか、というところからスタートして、それぞれの資本の解説をした後に「最適解」を提示する、という過程を丁寧に説明しています。その過程にこそ本書の奥深さがあります。理論を築いての提示だからこそ、「最適解」以外の人生においても、どうすればより幸福になれるのかを、読者それぞれが応用して考えることが可能です。
また「最適ポートフォリオ」とはあくまで「土台」であり、それぞれの人生はその上に築くものであるという、人生が多様なものであることを受け入れる論理になっています。また、土台がしっかりしたからといって、必ずしも幸福になれるものではない、とわざわざ著者は断りを最後にいれています。論理で「幸福」をある程度分析しているも、完全に論理で語り切れているわけではない、ということは誠実に示しているのです。
これらの応用性の高さ、誠実さはやはり著者の鋭い論理性からこそ生み出されるものであり、それが本書の最大の強みと面白さであるといえるでしょう。

そうそう、本書中では最初の『最貧困女子』に触れている部分がけっこうありました。『最貧困女子』は読んでおりまして、貧困女子の実態を追ったルポルタージュ本です。本書分類でいう「プア充」、そして「最貧困女子」の実態はかなり圧倒されるものがあります。他にも本文中に典拠となる本がたくさん紹介されるので、いくつかは読んでみたいと思いました。

『GE 巨人の復活』(中田敦)

本書は、ジャック・ウェルチの作り上げた20世紀の巨大企業GE(ゼネラル・エレクトリック社)が、21世紀の今、ハードとソフトの製造業に転身した詳細を解説しています。

80~90年代の企業のセオリーであった「ソフト開発は外注に出す」を実行していたGE。それが自社にプログラマを必死に集め、基幹システム・アプリケーションとモノをセットにして作っている。そこから作りだされるのは、IoTの使用を想定して作り込まれた「モノ」という、ソフトウェアサービスとモノが一体となった競争力の高い商品です。競争力の源泉となるソフトウェアを開発するために欠かせないものとして、プログラマの人数を確保するだけでなく、全社にシリコンバレー流の組織運営を徹底的に取り入れている。簡単にまとめればそんな内容になります。

古い(創業が前世紀であり、製造業という古い業界に属している)大企業が、今を生き残るために、デジタル分野へ主要戦場を移し、シリコンバレー流の組織運営を取り入れている。それも一部ではなくグループ全社で徹底的に実行している。その事実を知らなかったので興味深かったです。
GEという超有名企業でこんなにも大きな変化が起こっているのだとしたら、同様の転身を図る企業はいるのか、もしくは今後出てくるのか。それが気になりました。
本書で語られたGEの変化が、GE単体の成功談にとどまるのか。それとも製造業全体に波及していくのか、と言い換えてもいいかもしれません。
私はこの流れは少なくとも製造業分野内の一定の範囲には拡がると感じています。競争力のあるモノとは、付加価値があるモノです。そしてIoT・デジタルの特性を活かした業務分析や運営が可能、というのは歴史上今はじめて可能になっている付加価値です。その付加価値を先駆者としていち早く押さえたモノが、競争力を持つのは間違いないでしょう。となると製造業が主要産業のひとつである日本でも、本書が紹介したGEと同様の変化を遂げる、もしくは既に変化を遂げた企業が台頭してくるのではないでしょうか。そしてその際にはGE(と本書)は先例として引き合いに出されるのでしょう。

製造業部分だけではなく、シリコンバレー流を徹底的に取り入れている組織運営の話も面白かったです。とかく新しい組織運営・新しい社風への転換は難しいといわれるなか、GEという巨人の先例は、今後同様の転換を図る経営者にとっては、ひとつの大きな道しるべになるものです。
製造業業界や、IoTが今はあまり関係なさそうな大きな組織に属している人は、先端でこんな面白い事例が起こっていることを、もしかしたら自分たちが向かう先かもしれないその事例を、本書でぜひ詳しく知ってみて損はないと思います。

そうそう、ひとつ卑近だけど大事なおすすめポイントを。本書は著者が日本人のせいか、コンパクトなページ数にまとまっておりとても読破しやすいです。アメリカで出版されるこの手の本は事例満載で分厚くて、全部読むのはなかなか大変な(なので読み飛ばしたり途中で挫折しそうになる)場合が非常に多いのです。その点でも本書はとても新鮮でした。

そういう意味でも読みやすいので、ぜひ一度手にお取りください。おすすめです。

『楽しく学べる「知財」入門』(稲穂健市)

武器や防具になる教養が手に入る本だなぁ、というのが一言での感想です。

本書は一般のひとが読めるように日本の知財法制度の解説をしています。具体例豊富に紹介されているので読んでいて楽しいです。表紙にある「C」マーク(広島カープや中央大学のロゴ)や、東京オリンピックロゴ選定問題など、知財と言えば、で気になってくる例がしっかり解説されています。
オリンピックロゴ、記事盗用など著作権に関係する話は、ニュース媒体では法的にどうなのかをきちんと解説しているケースはなかなか見られません。だからこそ一度知財法制度上はどう考えればよいのかをきちんと確認できてよかった。論文やレポートの剽窃に限らず、コピー&ペーストして使う・公開することが、技術的に簡単になってきている昨今、本書は高校生(社会人…と思いましたがそのもっと前で学んでおくべきと考えると結局高校生との結論になりました。)の必修図書といっていいくらいです。

具体例が載っているのでイメージしやすい、面白いと思ってさらりと読めるのがいいですね。ピーターラビットの著作権から商標へのコントロールの移行や、もっといろいろ勉強するなら巻末の参考文献をどうぞ。
制度の運用については、「商標出願」に関する解説のお話なんかは面白かったですね。出願の審査状況がインターネット上で公開されていますが、出願審査にかかっているものは商標として正式に認められたわけではない。むしろ他人の商標を大量に出願する個人が存在し、そのほとんどが出願手数料が支払われずに却下されているということ。特許庁の「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」は見に行けましたが、そもそも商標出願の制度がどうなっているかを本書で知っていなければ、何が起こっているのかは分かりにくいです。(余談ですが、税制や法制度についての官公庁のHPって、制度自体をよく知らないひとが見て分かるようには作られていないと感じます。元々それを目的にしていないのか、単に説明のしかたが上手くないのか…)

意外だと思ったのは、知財制度に関する知識は、他人の権利を知らないうちに侵さないようにするためもありまずが、他人から法律上の権利を超えた主張をされた場合に、きちんと反論・対応していくためにもとても重要なのだ、ということです。本書では、知財制度上問題のないケースへの抑圧があることにも触れられています。

『「パクリ」を糾弾する社会風潮は醸成されているが、必ずしも、日本人の知的財産権に関する理解が深まっているとは限らないということだ。モラル的にも問題のない合法的な「模倣」までもが葬り去られるようになってしまっては、本末転倒である』

『パブリックドメイン作品を掲載する場合や、作品を「引用」して利用する場合であれば、許諾は一切不要なはずなのに、権利を主張してクレームをつけてくる所蔵者やデータ提供元がある』

(合法的な)模倣は文化の発展を考えると欠かせないですし、「引用」やパブリックドメイン作品の権利主張は権利濫用に当たりますからねぇ。単に大きい声でいろいろいってくる人達に立ち向かうためにも、やはり本書は武器や防具になる教養知識といえるでしょう。

『教養としての社会保障』(香取照幸)

ライフネット生命の出口会長がおすすめしているのを見て買いました。本書は「当たり」です。
とりあえず日本国の社会保障の恩恵を受ける人は一読をおすすめします。まさに「教養としての」とてもよい入門書でした。帯の文言はすこしうっとうしくて心配だったのですが、そんなものはどこへやら。専門家(官僚)がこんなに読みやすくわかりやすい本を書いてくれるんだ…!と感心しました。

社会保障制度って、制度そのものがかなり複雑で、かつ現在では様々な課題があります。なので、どうしても社会保障制度についての本って長くて読みにくくなりがちです。それを、全体感をつかめるし歴史的な経緯もわかるのにすいすい読める本書は本当に貴重だと思います。社会保障制度の本は、異なる著者のものを何冊か読んでいますが(主に研究者が書いたもの)、本書ほど全体がが概括できかつ読みやすい(本自体もページが少なめ・薄め)著作には巡り会っていませんでした。
巻末に参考文献(意見が違うもの含め)がたくさんのっているのも個人的にはポイント高いところです。社会保障のありかたや課題への対応は、いろいろと意見が分かれるところでもあるので、著者の意見だけではなく参考文献で気になったものも読んでみるなどすると、かなり社会保障についての見識が鍛えられそうです。

本書の弱点をあえて言うのであれば、さらりと読めてしまうので、逆に議論する際のとっかかりが低いことでしょうか。ただ、各論にこだわりすぎても全体がつかみづらくなるので仕方が無いことですし、それこそ参考文献に挙げられている書籍(専門書だけでなく新書も載っています)でそのあたりは補えばよいと思いますので。

私が読んだことのあるものでいえば、本書の次には『財政危機と社会保障』(鈴木亘)なんかがおすすめですね。

2017年8月の読了本リスト

小説多めでした。

『都会の里海 東京湾 – 人・文化・生き物』) 木村尚
『横浜駅SF 全国版』 柞刈湯葉
『横浜駅SF』 柞刈湯葉
『GOSICK GREEN』 桜庭一樹
『GOSICK PINK』 桜庭一樹
『GOSICK BLUE』 桜庭一樹
『GOSICK RED』 桜庭一樹
『教養としての社会保障』  香取照幸
『浪費図鑑―悪友たちのないしょ話―』 劇団雌猫
『シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」』 ネイト・シルバー
『L70を狙え! 70歳以上の女性が消費の主役になる』 吉本佳生
『大人もおどろく「夏休み子ども科学電話相談」』 NHKラジオセンター「夏休み子ども科学電話相談」制作班
『これからのエリック・ホッファーのために: 在野研究者の生と心得』荒木優太
『楽しく学べる「知財」入門』  稲穂健市

GOSICKは良くも悪くも相変わらず。桜庭一樹は家族の話が多いという印象です。
横浜駅SFは身近な鉄道関連の言葉が全く違う意味になっている設定っぷりが楽しかったですね。

知財入門と教養としての社会保障はそのうち記事作ります。
浪費図鑑は、業の深さとお財布事情が下世話で楽しいですよ。