『幸福の「資本」論』橘玲

Webでこの本の紹介記事を見かけて興味を持ちました。「この著者」が幸福を語る、というのが面白そうだったからです。
著者の本は『マネーロンダリング』、『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ』などそれなりに読んでますが、論理的でとことん現実的で明晰なのですが、情がない、身もふたもない論調という印象を持っています(攻撃的ではありません。むしろ物腰は非常にやわらかい文章です)。
この著者が「幸福」について論じる。だとしたらそれはぼんやりした自己啓発様のものではなく、明瞭な理論をもって「幸福」という主観要素の大きい曖昧なものを語ってくれるのではないか。そんな期待をして本書を手に取りました。

本書は、人が持つ資本=資産を、金融資本、人的資本、社会資本の3種類に分類したうえで、幸福になるためにはこれらを把握して現実的な戦略を立てています。具体的には、大切なひととのごく限られた愛情関係と、広い「弱いつながり」を保ちつつ、一つの組織に生活を依存しない、専門的な知識・技術・コンテンツを活用して、プロジェクト単位で気の合う「仲間」と仕事をする、というのを「幸福な人生の最適ポートフォリオ」として提示しています。

実は結論の「幸福な人生の最適ポートフォリオ」部分だけ見ると、それほど斬新な話でもありません。しかし、本書の面白さとはそこではないのです。
本書は「幸福」を定義し、人はなにから幸福を感じるのか、というところからスタートして、それぞれの資本の解説をした後に「最適解」を提示する、という過程を丁寧に説明しています。その過程にこそ本書の奥深さがあります。理論を築いての提示だからこそ、「最適解」以外の人生においても、どうすればより幸福になれるのかを、読者それぞれが応用して考えることが可能です。
また「最適ポートフォリオ」とはあくまで「土台」であり、それぞれの人生はその上に築くものであるという、人生が多様なものであることを受け入れる論理になっています。また、土台がしっかりしたからといって、必ずしも幸福になれるものではない、とわざわざ著者は断りを最後にいれています。論理で「幸福」をある程度分析しているも、完全に論理で語り切れているわけではない、ということは誠実に示しているのです。
これらの応用性の高さ、誠実さはやはり著者の鋭い論理性からこそ生み出されるものであり、それが本書の最大の強みと面白さであるといえるでしょう。

そうそう、本書中では最初の『最貧困女子』に触れている部分がけっこうありました。『最貧困女子』は読んでおりまして、貧困女子の実態を追ったルポルタージュ本です。本書分類でいう「プア充」、そして「最貧困女子」の実態はかなり圧倒されるものがあります。他にも本文中に典拠となる本がたくさん紹介されるので、いくつかは読んでみたいと思いました。

『GE 巨人の復活』(中田敦)

本書は、ジャック・ウェルチの作り上げた20世紀の巨大企業GE(ゼネラル・エレクトリック社)が、21世紀の今、ハードとソフトの製造業に転身した詳細を解説しています。

80~90年代の企業のセオリーであった「ソフト開発は外注に出す」を実行していたGE。それが自社にプログラマを必死に集め、基幹システム・アプリケーションとモノをセットにして作っている。そこから作りだされるのは、IoTの使用を想定して作り込まれた「モノ」という、ソフトウェアサービスとモノが一体となった競争力の高い商品です。競争力の源泉となるソフトウェアを開発するために欠かせないものとして、プログラマの人数を確保するだけでなく、全社にシリコンバレー流の組織運営を徹底的に取り入れている。簡単にまとめればそんな内容になります。

古い(創業が前世紀であり、製造業という古い業界に属している)大企業が、今を生き残るために、デジタル分野へ主要戦場を移し、シリコンバレー流の組織運営を取り入れている。それも一部ではなくグループ全社で徹底的に実行している。その事実を知らなかったので興味深かったです。
GEという超有名企業でこんなにも大きな変化が起こっているのだとしたら、同様の転身を図る企業はいるのか、もしくは今後出てくるのか。それが気になりました。
本書で語られたGEの変化が、GE単体の成功談にとどまるのか。それとも製造業全体に波及していくのか、と言い換えてもいいかもしれません。
私はこの流れは少なくとも製造業分野内の一定の範囲には拡がると感じています。競争力のあるモノとは、付加価値があるモノです。そしてIoT・デジタルの特性を活かした業務分析や運営が可能、というのは歴史上今はじめて可能になっている付加価値です。その付加価値を先駆者としていち早く押さえたモノが、競争力を持つのは間違いないでしょう。となると製造業が主要産業のひとつである日本でも、本書が紹介したGEと同様の変化を遂げる、もしくは既に変化を遂げた企業が台頭してくるのではないでしょうか。そしてその際にはGE(と本書)は先例として引き合いに出されるのでしょう。

製造業部分だけではなく、シリコンバレー流を徹底的に取り入れている組織運営の話も面白かったです。とかく新しい組織運営・新しい社風への転換は難しいといわれるなか、GEという巨人の先例は、今後同様の転換を図る経営者にとっては、ひとつの大きな道しるべになるものです。
製造業業界や、IoTが今はあまり関係なさそうな大きな組織に属している人は、先端でこんな面白い事例が起こっていることを、もしかしたら自分たちが向かう先かもしれないその事例を、本書でぜひ詳しく知ってみて損はないと思います。

そうそう、ひとつ卑近だけど大事なおすすめポイントを。本書は著者が日本人のせいか、コンパクトなページ数にまとまっておりとても読破しやすいです。アメリカで出版されるこの手の本は事例満載で分厚くて、全部読むのはなかなか大変な(なので読み飛ばしたり途中で挫折しそうになる)場合が非常に多いのです。その点でも本書はとても新鮮でした。

そういう意味でも読みやすいので、ぜひ一度手にお取りください。おすすめです。

『楽しく学べる「知財」入門』(稲穂健市)

武器や防具になる教養が手に入る本だなぁ、というのが一言での感想です。

本書は一般のひとが読めるように日本の知財法制度の解説をしています。具体例豊富に紹介されているので読んでいて楽しいです。表紙にある「C」マーク(広島カープや中央大学のロゴ)や、東京オリンピックロゴ選定問題など、知財と言えば、で気になってくる例がしっかり解説されています。
オリンピックロゴ、記事盗用など著作権に関係する話は、ニュース媒体では法的にどうなのかをきちんと解説しているケースはなかなか見られません。だからこそ一度知財法制度上はどう考えればよいのかをきちんと確認できてよかった。論文やレポートの剽窃に限らず、コピー&ペーストして使う・公開することが、技術的に簡単になってきている昨今、本書は高校生(社会人…と思いましたがそのもっと前で学んでおくべきと考えると結局高校生との結論になりました。)の必修図書といっていいくらいです。

具体例が載っているのでイメージしやすい、面白いと思ってさらりと読めるのがいいですね。ピーターラビットの著作権から商標へのコントロールの移行や、もっといろいろ勉強するなら巻末の参考文献をどうぞ。
制度の運用については、「商標出願」に関する解説のお話なんかは面白かったですね。出願の審査状況がインターネット上で公開されていますが、出願審査にかかっているものは商標として正式に認められたわけではない。むしろ他人の商標を大量に出願する個人が存在し、そのほとんどが出願手数料が支払われずに却下されているということ。特許庁の「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」は見に行けましたが、そもそも商標出願の制度がどうなっているかを本書で知っていなければ、何が起こっているのかは分かりにくいです。(余談ですが、税制や法制度についての官公庁のHPって、制度自体をよく知らないひとが見て分かるようには作られていないと感じます。元々それを目的にしていないのか、単に説明のしかたが上手くないのか…)

意外だと思ったのは、知財制度に関する知識は、他人の権利を知らないうちに侵さないようにするためもありまずが、他人から法律上の権利を超えた主張をされた場合に、きちんと反論・対応していくためにもとても重要なのだ、ということです。本書では、知財制度上問題のないケースへの抑圧があることにも触れられています。

『「パクリ」を糾弾する社会風潮は醸成されているが、必ずしも、日本人の知的財産権に関する理解が深まっているとは限らないということだ。モラル的にも問題のない合法的な「模倣」までもが葬り去られるようになってしまっては、本末転倒である』

『パブリックドメイン作品を掲載する場合や、作品を「引用」して利用する場合であれば、許諾は一切不要なはずなのに、権利を主張してクレームをつけてくる所蔵者やデータ提供元がある』

(合法的な)模倣は文化の発展を考えると欠かせないですし、「引用」やパブリックドメイン作品の権利主張は権利濫用に当たりますからねぇ。単に大きい声でいろいろいってくる人達に立ち向かうためにも、やはり本書は武器や防具になる教養知識といえるでしょう。

『教養としての社会保障』(香取照幸)

ライフネット生命の出口会長がおすすめしているのを見て買いました。本書は「当たり」です。
とりあえず日本国の社会保障の恩恵を受ける人は一読をおすすめします。まさに「教養としての」とてもよい入門書でした。帯の文言はすこしうっとうしくて心配だったのですが、そんなものはどこへやら。専門家(官僚)がこんなに読みやすくわかりやすい本を書いてくれるんだ…!と感心しました。

社会保障制度って、制度そのものがかなり複雑で、かつ現在では様々な課題があります。なので、どうしても社会保障制度についての本って長くて読みにくくなりがちです。それを、全体感をつかめるし歴史的な経緯もわかるのにすいすい読める本書は本当に貴重だと思います。社会保障制度の本は、異なる著者のものを何冊か読んでいますが(主に研究者が書いたもの)、本書ほど全体がが概括できかつ読みやすい(本自体もページが少なめ・薄め)著作には巡り会っていませんでした。
巻末に参考文献(意見が違うもの含め)がたくさんのっているのも個人的にはポイント高いところです。社会保障のありかたや課題への対応は、いろいろと意見が分かれるところでもあるので、著者の意見だけではなく参考文献で気になったものも読んでみるなどすると、かなり社会保障についての見識が鍛えられそうです。

本書の弱点をあえて言うのであれば、さらりと読めてしまうので、逆に議論する際のとっかかりが低いことでしょうか。ただ、各論にこだわりすぎても全体がつかみづらくなるので仕方が無いことですし、それこそ参考文献に挙げられている書籍(専門書だけでなく新書も載っています)でそのあたりは補えばよいと思いますので。

私が読んだことのあるものでいえば、本書の次には『財政危機と社会保障』(鈴木亘)なんかがおすすめですね。

『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス)

著者は、映画にもなった『マネーボール』の作者です。『マネーボール』に寄せられた書評をきっかけに行動経済学の存在を知り、その生みの親といわれるダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーはどのように行動経済学を生み出したのかを描いています。

行動経済学というより、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーについての本ですね。『ご冗談でしょう、ファインマンさん』と似たようなスタンスです。
心理学と経済学のはざまで生まれた行動経済学。それがまったく異なるパーソナリティを持つダニエルとエイモスのふたりによって生み出された過程がドキュメンタリーのようにつづられています。行動経済学の知識なしに本書を読んでも十分面白いでしょう。逆に本書で行動経済学を学ぶことはなかなか難しいですが、それはダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』などにお任せしましょう。

本書で印象的だったのは、ダニエルとエイモスがイスラエル人であること、イスラエルにおける生活の激しさです。
本書はダニエルとエイモスのイスラエルでの生活と軍隊従事経験から始まっています。
ダニエルのキャリアが始まったのは、イスラエル軍の新人選抜の方法を検討する仕事を遂行するため。軍隊の新人選抜という場でなければ、選抜方法と結果のデータの照合、若いダニエルの登用もなかった可能性が高い。エイモスも、そのパーソナリティはイスラエルで育ったのでなければ、エイモスにならなかったのではないかと思わされます。
その2人が、故郷イスラエルへの強い思いがあるにも関わらず、研究生活はアメリカで送らざるを得なかった。ほぼ同時代でのできごとだけに強く印象に残りました。

本書で語られるダニエルとエイモスの「共同研究」の様子からぼんやりと感じたことがもうひとつあります。
それは、行動経済学という理論を打ち立て、人間の認知の歪みを客観的に指摘することができたのは、ダニエルとエイモスという異なるタイプの人間が「ふたりで」研究を行ったことも大いに影響しているのでは、ということです。
なにしろダニエルとエイモス自身も、認知の歪みから逃れられません。自分の認知に「歪み」があるということの検証は、自分ひとりよりも、ふたりで互いに確かめ合う方がずっと見つけやすい。見つけやすく、認めやすく、練り上げ易かったのではないでしょうか。そんな気がしています。

行動経済学自体に興味が出たならぜひ『ファスト&スロー』、本書内にも出てくる『実践 行動経済学』もどうぞ。両方とも一般向けの本ですし、なにより理論の内容自体もとても面白いですよー。

『大人もおどろく「夏休み子ども科学電話相談」 』(NHKラジオセンター「夏休み子ども科学電話相談」制作班)

NHKラジオで1984年から30年間、夏休み時期に放送されている「夏休み子ども科学電話相談」という番組があります。その番組の2016年までの放送分から抜粋・編集して本書は作られています。番組を最近知ってときどき聞いていてなかなか面白いので、本書を買ってみました。

このラジオ番組が好きな大きいお友達は必読。あとは、お子様のいる方も。
子どもの質問内容もですが、専門家の先生の回答内容、先生のキャラクターが面白いです。専門家がこどもに本気で説明する際の言い回しや苦闘ぶりなど、参考になりつつも思わずくすりと笑ってしまうような、すてきな読後感の本です。

本書を読むと「夏休み子ども科学電話相談」が聞きたくなりますね。今年はNHKのラジオアプリや番組HPで一部放送を後から聞くこともできますので、興味が出た方はどうぞ。ちなみに今年の後半放送は8/24(木)~31(木)です。

本書内の質問で印象深かったのは、「植物によい言葉をかけるとよく育って、よくない言葉をかけるとよく育たないっていうのは本当なのか」という質問です。典型的な疑似科学ですね。この質問への回答が、単に「それは違う」ではないのです。やりとりも含めてとっても楽しい回答になっています。

本書の最初には、回答者の先生一覧があり、それぞれの先生の著書名も載っていますので、本書を読んでみて気になった分野・先生の本をまた読んで見るのも良さそうですね。

『プライバシーなんていらない!? 』(ダニエル・J. ソロブ)

訳者を存じ上げているのと、内容がプライバシー論で身近に感じたので購入しました。法律の専門家による一般向けの本です。
『「やましいことがないのであれば、安全のために、あなたのプライバシーを開示するのは問題ないのでは?」。この問いを基点として、プライバシーの価値、安全との関係、憲法上の権利としてのプライバシーの性格、新しい技術との関係・対応について、豊富な具体例を通して詳細に論じる。』という公式の内容紹介文が端的に本書の性格を表しています。

原著はアメリカで出版されているので、アメリカ合衆国の憲法・法律が引用されますが、中心となる法理論はアメリカにとどまりません。

本書は約20章から成っており、1章は約10~20ページほどで、日常的によく見られる議論を取り上げそれを分析・反論するスタイルをとっています。
コンパクトにまとまっているので、こまぎれ時間での読書で、法律の知識が無くても読めます。各章になにが記載してあるかは本書16~19ページに記載されているので、私が読んでいたときは、章が終わって「今なんの話してたんだっけ?」と思う度にこのページに戻っていました。

本書では、プライバシー関連の課題を大きく4つに分けています。
1.プライバシーと安全保障をどう評価・衡量するか 
2.有事の際の超法規的措置は本当に必要か 
3.政府によるデータ収集はどう規制されるべきか 
4.新技術にどうやって法(と現実)は対応していけばいいか です。
どの課題もプライバシーに関してよく見掛ける話題で、説明されている具体的な場面も思い浮かびやすいものでした。

いろいろと蒙を啓かれる感覚を沢山得た中でも興味深かったのは、
プライバシーは個人的な権利ではなく、社会が構成員たる個人にとって圧政的でなく生活しやすくものであるために必要な価値だというという筆者の主張です。
社会を暮らしやすい場にするために、マイノリティである個人や、軋轢が起こった場に居合わせる個人を守る、というのは腑に落ちる話でした。

伊藤計劃『ハーモニー』の「生府(ヴァイガメント)」なんかのその対局にある社会を考えると分かりやすいですね。健康であること、長生きすることを最高の価値とし(不摂生、不健康であることを認めない)、法律や行政の強制力ではなく、ナノマシンによる即時の治療という技術と社会規範の内面化によって、非常に圧政的な生き方を強制される(そして社会構成員は強制されているとは全く感じていない)社会。その社会が非常に「息苦しい」ものであることは『ハーモニー』作中でもたびたび示唆されています。

安全保障と個人のプライバシーの考慮問題、政府によるデータ収集、技術とプライバシーなど、これから考えることになるであろう議論の基礎教養固めとしておすすめです。

『My Humanity』(長谷敏司)

SF短編集。「地には豊穣」「allo,toi,toi」「Hollow vision」「父たちの時間」の4つのお話が収録されています。SF好きなひと…は読んでそうなので小説の好きなひとに。特に「地には豊穣」はSF好きでないひとにこそ、人間性のありようを考える物語としておすすめできます。
本書は巻末解説にある通り「どれも非常にプライベートな人間関係のなかで、テクノロジーによって変容する人間性(ヒューマニティ)を真摯に描き切った作品」です。

 

「地には豊穣」「allo,toi,toi」は、経験知のプログラム化・インストールが技術として確立される途上にあるなかでの物語です。現実世界にかなり近く、テクノロジーが人にどんな影響を及ぼすのか、そしてテクノロジーによって人の本質が浮き彫りにされる、リアルな感覚の2編ですね。私は「地には豊穣」が好きです。人は文化を共有して社会への所属感を得、孤独を緩和しているという感覚が、鮮やかに描かれています。

「Hollow vision」のみ、かなり未来設定・アクションありのSF。宇宙エレベーターとか火星開発とかスペースコロニー問題とか、世界ごと描くSFですね。これだけ作り込んだ世界観で中編だけしかないのかな?と思ったところ、著者の他シリーズのスピンオフ作品のようです。作品世界だけで面白いですが、ヒト型インターフェース(ロボット)が普及していたり、サイボーグ化を進めた人間は、ヒトと呼べるのかということがさらりと入っていたりします。

「父たちの時間」は、これは非常にリアル路線。原子力発電所の放射性物質処理にナノロボットが使われている世界。しかしナノロボットが自然界に漏出した際の対策は確立していないなかでの使用だった。そしてナノロボットの漏出事故が発生…というお話。いやもう、ナノロボットという制御しきれていない科学技術を、社会的な要請で使いだしたらどんなことが起こりうるのかがじっくりと描かれています。そしてナノロボット研究者である主人公は、別れた妻から、子どもがナノロボットの健康被害らしき病状を見せていることを知らされて…と。社会とテクノロジー、そしてそこに絶妙な位置取りで絡んでくる人間関係・個人の人間性(ヒューマニティ)。
という4編ですがバラエティ豊かかつそれぞれに思わせるところがあってなかなかに濃い一冊でした。

著者の作品は初めて読みました。ライトノベルからハヤカワ文庫系統で色々作品があるようです。次はどれを読もうかな。
そういえばライトノベル出身というと桜庭一樹が思い出されます。本書とはジャンルが少々違うかもしれませんけど。あとはSF繋がりならやはり伊藤計劃が近そうですね。

何冊か読んでますが桜庭一樹ならこれが一番好きです

テクノロジーと人間性のお話ならやはりハーモニーの衝撃は捨てがたいです。

『誰がアパレルを殺すのか 』(杉原淳一、染原睦美)

新聞に載っていたのをきっかけに購入しました。
本書は前半で、まず今の日本のアパレル業界が危機にあることを提示した上で、戦後からの歴史を概括します。そして後半では、アメリカ・日本でおもにITを武器に出てきた新しいビジネスモデルの会社、それから日本国内でアパレル業界内から新たに出てきている会社を紹介しています。

「現状危機→今後の展望」という構成だと、危機を煽った方が書きやすいと思いますが、本書はさにあらず。おもしろいのはむしろ後半でした。日本での実例も、エアークローゼットとかストライプとかゾゾタウンといった、聞いたことがあるもの(本書に載るだろうという予測が付いたもの)のの他にも、色々と実例が載っていて、丁寧に個別会社を取材してきたことがうかがわれます。

なるほど、と思わせたのは以下の一節でした。

これまで洋服は「新品を」「売り場で」「買う」のが当たり前とされてきた。(中略)だがアパレル業界の「外」から参入した新興プレーヤーはこの前提を疑った。そして消費者が最も望むサービスを提供しようと知恵を絞った結果、洋服に対する価値観の変化を察知した。

察知した結果「新品を」→「中古品を」「売り場で」→「ネット(EC)で」、「買う」→「借りる」などの様々なビジネスモデルを打ち出している会社があるとして、本書は個別の会社を紹介しているのです。私自身は新しい業態を実際に利用してはいないのですが、なるほどこれは全体の価値観の変化が起こっている、と納得させられました。

ファッションに興味のあるひとだけではなく、服を自分で選んで買っているすべてのひとに、今アパレル業界で起こっていること、業界全体の地盤低下と同時に面白いことも発生しているということを知ってもらいたいです。あと洋服を買う側として、賢い消費者になるためにもきっと本書は役に立つと思います。ビジネス書なので、基本的に読みやすいです。

『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(J.D.ヴァンス)

新聞の書評記事を見て、トランプ政権の支持層がどんな人たちなのかがわかることを期待して購入しました。 今まで知らなかった、トランプ政権の支持層=「ヒルビリー」と呼ばれる白人労働者層が、どんな時代の影響を受け今いかなる価値観を有しているのかを知ることも出来ましたし、単に知る以上の感情を惹起されました。

本書での著者の主張は明快です。自分を含めたヒルビリーという人々がどんな人たちなのか、彼らが自分たちの問題をどう感じているかを伝えたいということです。
ヒルビリーとはどんな人たちで、どんな問題を抱えていて、その問題をどう感じているのか。それらが著者の祖母と祖父・母親・著者自身の人生をひもとき、個別のエピソードを重ねることで語られていきます。世代間でどんな価値観が有され、それが伝えられ変質していくのか、そこから階層移動するにはどんなことが必要だったのかが、出来事の積み重ねにより追体験させられます。
個別のエピソードの集大成である著者の人生は、辛いながらも救いはあります(著者は現在「普通の生活を送り普通の幸せを得てい」ます)。でも、読後にまず感じたのは、著者が幸せになってよかった、ではなくこんな世界があるんだ、というものでした。ひとことではうまく言い表せない、もやもやした現実を突きつけられた感覚です。

私自身は、両親がいる家庭で育ち、経済的な貧困状態には陥らず生きてくることが出来ました。本書内でいえば、ヒルビリーよりも、アイビーリーグの学生(「人種は様々だが、全員が両親のそろった、経済的にも何ひとつ不自由のない家庭の出身」と表現されています)に近いので、著者が語るヒルビリーの世界は遠いものであるように感じられました。

本書が他の社会研究からの知見を述べる著作と異なるのは、圧倒的な当事者性です。著者は、自分の家族や親類を愛しており、ヒルビリーという人たちを愛しています。
自分はヒルビリーだと思っている、ヒルビリーを愛している、自分がヒルビリーであることを否定しないという強烈な当事者性。しかし、多くのヒルビリーが送る生活そのままでは、ごく普通の生活と幸せを得ることは難しいことも、著者はみずからの経験から明確に認識しています。これらが、本書に説得力を与えているのだと思います。

本書では、ある種の社会階層として貧困状態に固定されつつあるヒルビリーの実態が示されています。 このヒルビリーを、他のアメリカの社会階層とふたたび融合させるにはどうすればよいのか。

著者は、回答を出すのが本書の目的ではない、と断りを入れていますが、いくつか示唆をしています。
「政府や経済政策のせいにするのは間違っている」「自分たちで問題に立ち向かわなければならない」ともヒルビリーには語りかけますし、
「経済的なはしごを上れる労働者階層は少ないうえに、たとえ上ったとしても、そこから転げ落ちてしまうケースが多いことはよく知られている。アイデンティティの大部分が、どこかに置き去りになっているという不安こそ、この問題の原因の一端のように思う。だとすれば、国民の生活水準を向上させるには、適切な公共政策だけでなく、上流階層に属する人が、以前はそこに所属していなかった新参者に対して、心を開くことが必要になるだろう」といった提言もあります。   どうするにしろ、まずはヒルビリーというコミュニティの現実を「存在するもの」として明確に認識するところからしか始まりませんし、それはまさに著者の目的である「ヒルビリーの現実を伝え」られることなのでしょう。

ところで、日本にはヒルビリーそのもののコミュニティはありませんが、ヒルビリーの世界に似た現実があります。ただ、大人が1人の世帯の相対的貧困率は54.6%と,大人が2人以上いる世帯の12.4%の4倍以上になります。(2012年。内閣府 「平成27年度版 子ども・青年白書」http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h27honpen/b1_03_03.html より)

本書で遠くのアメリカのヒルビリーに思いを馳せる一方、日本ですぐ隣に同じような世界があることも忘れてはいけないとも感じさせられました。だからこそ私も日本の現実を明確に認識するところから始め、その先どうするのかを考えていかないといけない…はずです。