『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス)

著者は、映画にもなった『マネーボール』の作者です。『マネーボール』に寄せられた書評をきっかけに行動経済学の存在を知り、その生みの親といわれるダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーはどのように行動経済学を生み出したのかを描いています。

行動経済学というより、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーについての本ですね。『ご冗談でしょう、ファインマンさん』と似たようなスタンスです。
心理学と経済学のはざまで生まれた行動経済学。それがまったく異なるパーソナリティを持つダニエルとエイモスのふたりによって生み出された過程がドキュメンタリーのようにつづられています。行動経済学の知識なしに本書を読んでも十分面白いでしょう。逆に本書で行動経済学を学ぶことはなかなか難しいですが、それはダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』などにお任せしましょう。

本書で印象的だったのは、ダニエルとエイモスがイスラエル人であること、イスラエルにおける生活の激しさです。
本書はダニエルとエイモスのイスラエルでの生活と軍隊従事経験から始まっています。
ダニエルのキャリアが始まったのは、イスラエル軍の新人選抜の方法を検討する仕事を遂行するため。軍隊の新人選抜という場でなければ、選抜方法と結果のデータの照合、若いダニエルの登用もなかった可能性が高い。エイモスも、そのパーソナリティはイスラエルで育ったのでなければ、エイモスにならなかったのではないかと思わされます。
その2人が、故郷イスラエルへの強い思いがあるにも関わらず、研究生活はアメリカで送らざるを得なかった。ほぼ同時代でのできごとだけに強く印象に残りました。

本書で語られるダニエルとエイモスの「共同研究」の様子からぼんやりと感じたことがもうひとつあります。
それは、行動経済学という理論を打ち立て、人間の認知の歪みを客観的に指摘することができたのは、ダニエルとエイモスという異なるタイプの人間が「ふたりで」研究を行ったことも大いに影響しているのでは、ということです。
なにしろダニエルとエイモス自身も、認知の歪みから逃れられません。自分の認知に「歪み」があるということの検証は、自分ひとりよりも、ふたりで互いに確かめ合う方がずっと見つけやすい。見つけやすく、認めやすく、練り上げ易かったのではないでしょうか。そんな気がしています。

行動経済学自体に興味が出たならぜひ『ファスト&スロー』、本書内にも出てくる『実践 行動経済学』もどうぞ。両方とも一般向けの本ですし、なにより理論の内容自体もとても面白いですよー。

『大人もおどろく「夏休み子ども科学電話相談」 』(NHKラジオセンター「夏休み子ども科学電話相談」制作班)

NHKラジオで1984年から30年間、夏休み時期に放送されている「夏休み子ども科学電話相談」という番組があります。その番組の2016年までの放送分から抜粋・編集して本書は作られています。番組を最近知ってときどき聞いていてなかなか面白いので、本書を買ってみました。

このラジオ番組が好きな大きいお友達は必読。あとは、お子様のいる方も。
子どもの質問内容もですが、専門家の先生の回答内容、先生のキャラクターが面白いです。専門家がこどもに本気で説明する際の言い回しや苦闘ぶりなど、参考になりつつも思わずくすりと笑ってしまうような、すてきな読後感の本です。

本書を読むと「夏休み子ども科学電話相談」が聞きたくなりますね。今年はNHKのラジオアプリや番組HPで一部放送を後から聞くこともできますので、興味が出た方はどうぞ。ちなみに今年の後半放送は8/24(木)~31(木)です。

本書内の質問で印象深かったのは、「植物によい言葉をかけるとよく育って、よくない言葉をかけるとよく育たないっていうのは本当なのか」という質問です。典型的な疑似科学ですね。この質問への回答が、単に「それは違う」ではないのです。やりとりも含めてとっても楽しい回答になっています。

本書の最初には、回答者の先生一覧があり、それぞれの先生の著書名も載っていますので、本書を読んでみて気になった分野・先生の本をまた読んで見るのも良さそうですね。

『プライバシーなんていらない!? 』(ダニエル・J. ソロブ)

訳者を存じ上げているのと、内容がプライバシー論で身近に感じたので購入しました。法律の専門家による一般向けの本です。
『「やましいことがないのであれば、安全のために、あなたのプライバシーを開示するのは問題ないのでは?」。この問いを基点として、プライバシーの価値、安全との関係、憲法上の権利としてのプライバシーの性格、新しい技術との関係・対応について、豊富な具体例を通して詳細に論じる。』という公式の内容紹介文が端的に本書の性格を表しています。

原著はアメリカで出版されているので、アメリカ合衆国の憲法・法律が引用されますが、中心となる法理論はアメリカにとどまりません。

本書は約20章から成っており、1章は約10~20ページほどで、日常的によく見られる議論を取り上げそれを分析・反論するスタイルをとっています。
コンパクトにまとまっているので、こまぎれ時間での読書で、法律の知識が無くても読めます。各章になにが記載してあるかは本書16~19ページに記載されているので、私が読んでいたときは、章が終わって「今なんの話してたんだっけ?」と思う度にこのページに戻っていました。

本書では、プライバシー関連の課題を大きく4つに分けています。
1.プライバシーと安全保障をどう評価・衡量するか 
2.有事の際の超法規的措置は本当に必要か 
3.政府によるデータ収集はどう規制されるべきか 
4.新技術にどうやって法(と現実)は対応していけばいいか です。
どの課題もプライバシーに関してよく見掛ける話題で、説明されている具体的な場面も思い浮かびやすいものでした。

いろいろと蒙を啓かれる感覚を沢山得た中でも興味深かったのは、
プライバシーは個人的な権利ではなく、社会が構成員たる個人にとって圧政的でなく生活しやすくものであるために必要な価値だというという筆者の主張です。
社会を暮らしやすい場にするために、マイノリティである個人や、軋轢が起こった場に居合わせる個人を守る、というのは腑に落ちる話でした。

伊藤計劃『ハーモニー』の「生府(ヴァイガメント)」なんかのその対局にある社会を考えると分かりやすいですね。健康であること、長生きすることを最高の価値とし(不摂生、不健康であることを認めない)、法律や行政の強制力ではなく、ナノマシンによる即時の治療という技術と社会規範の内面化によって、非常に圧政的な生き方を強制される(そして社会構成員は強制されているとは全く感じていない)社会。その社会が非常に「息苦しい」ものであることは『ハーモニー』作中でもたびたび示唆されています。

安全保障と個人のプライバシーの考慮問題、政府によるデータ収集、技術とプライバシーなど、これから考えることになるであろう議論の基礎教養固めとしておすすめです。

2017年7月の読了本リスト

比較的ジャンルがばらけた1ヶ月でした。
そして7月上旬のKindleセールで買った本は見事にまだ積ん読です。そんなものですよね、きっと。

かくて行動経済学は生まれり』 マイケル・ルイス

消極性デザイン宣言-消極的な人よ、声を上げよ。……いや、上げなくてよい。』 栗原一貴,西田健志,濱崎雅弘, 簗瀬洋平, 渡邊恵太

Piece shake Love』 Tak.

住宅ローンのしあわせな借り方、返し方』 中嶋よしふみ

これだけ!船舶 (これだけ!シリーズ)』 川崎豊彦

タスク管理の用語集: BizArts 2nd』 倉下忠憲

My Humanity』  長谷敏司

 

『住宅ローンのしあわせな借り方、返し方』は住宅家計の基礎知識としてよかったです。(でも書評記事書かない…ような気がするので)