2019年3月前半の読了本リスト

「薬物依存症」  松本俊彦
「折りたたみ北京(現代中国SFアンソロジー)」ケン・リュウ
「ヒットの設計図」 デレク・トンプソン
「外資系コンサルが入社1年目に学ぶ資料作成の教科書」 清水久三子

硬軟織り交ぜつつの、ラインナップとなりました。

 「薬物依存症 シリーズ【ケアを考える】」  松本俊彦

「日本では、だいたいの人は、「生の」薬物依存症者をじかに知ることもなく、薬物依存症の何たるかを直接知る機会を持つことはありません。つまり、多くの人は、薬物依存症者に対するイメージを、どこかで聞いた伝聞的な情報をもとにつくりあげているのです。」

確かに、依存症患者は私の近くにも居ません。伝聞的な情報により実態と異なるイメージが社会で一般化しており、その状況が、当事者の治療においてもよくない影響を及ぼしている、というのも納得できます。本書を読み終わったすぐ後に、芸能人が薬物で逮捕される事件があり、その報道の仕方や対応を見て、著者の主張が間違っていないことを、強く感じました。

「同じように薬物に手を染めながらも、なぜ一部の人だけが薬物依存症に罹患するのか」──の答えは、おのずと明らかではないでしょうか。それは、その人が痛みを抱え、孤立しているからです。だからこそ私は、薬物依存症の回復支援においては、薬物という「物」を規制・管理・排除することではなく、痛みを抱え孤立した「人」を支援することに重点を置く必要があると信じています。

社会の多数派が、正確な実態を知らないがために、少数派に対して偏見を持っていたり、実際に不利益な扱いをされていたりする。本書を手に取ったきっかけである「貧困を救えない国 日本」 でも、貧困者に対する同じような状況が問題としてとりあげられていました。少数派に該当するのが、貧困者でも、薬物依存症患者であれ、同じような状況が日本では発生しているのではないかと思います。

自分が何となしに持っていたイメージが、いかに実態と異なっているか。自分が、薬物依存症患者者ではない多数派であるからこそ、多数派が少数派を踏みにじることがないように、少数派でしかも普通のひとよりも「弱い」部分のある薬物依存症患者の置かれた実態を正確に知っておく必要がある。
回復支援の立場からの自己反省も込めて書かれたであろう本書が、鋭く訴えてきているように感じました。

 

 

「折りたたみ北京(現代中国SFアンソロジー)」ケン・リュウ

中国SFの7作家13作品の短~中編のアンソロジーです。中国SFの多彩さを味わえる1冊です。Rebuild(ポッドキャスト番組)で名前を聞いて気になって読んでみました。
小難しいことを考えずに娯楽小説としても楽しめますし、作品の背後にある、文化や価値観、それらが及ぼす効果を考えると、とても広がりがあります。
14億の人口と広大な大陸を擁するアジア地域の国での文学の多様さが楽しめます。

私が好きなのは、「折りたたみ北京」「円」「童童の夏」「麗江の魚」あたりです。「折りたたみ北京」は、残酷ともいえる社会性を持った設定の、面白さと近未来感。
「円」は、歴史ものと現代性の融合。
「童童の夏」は、もうすぐ成立しそうな技術と、それによりひとが変わっていく様を、少女の視点から眺め。
「麗江の魚」は、サイバーパンクがほんの少し香る、幻想的なひととき。

SFを読んで抵抗のない方であれば、本書を楽しめると思います。

 

 

「ヒットの設計図」 デレク・トンプソン

原題は「Hit Makers」。ヒットを作り出した人たちがどういう人で、それぞれどのような法則に沿ってそれぞれの作品・製品を作っているのか。それを通して、ヒットというものが、人のどのような性質によって生み出されているのを明らかにしていっている本です。

残念ながら(?)、ヒット商品が作れる法則は本書では示されません。むしろ「ヒットするものはいくつかの法則を満たしていることがわかるが、これをすれば必ずヒットする、という法則はない」というのが最終的な主張です。

しかし、少なくともこれを満たしていなければ現代でヒットするのは難しい、という条件については、本書はとても丁寧に説明しています。
ヒットという現象は、人間が起こすものです。つまりヒットの法則を探るとは、ひとがどのようにモノやサービスの好き嫌いを判断し、それを他の人に伝え広げるのかを、解明していくことなのです。

人は個人的に好き嫌いの判断をするだけではない。人気の出たものを買いたくなる「影響される生き物」だ。しかしそれだけでもない、自分はこういう人間だからこれを買うという「自己顕示したい生き物」でもある。

モノやサービスを作ったり売ったりする人にとってもちろん参考となる1冊です。
それに加え、SNSなどで個人が情報を他者に伝えるのが日常のこととなった今、その仕組みを知ることができる本書は、誰にとっても有益なのかもしれないと感じました。

 

 

外資系コンサルが入社1年目に学ぶ資料作成の教科書」 清水久三子

ビジネス雑誌で紹介されていたのをきっかけに、参考になりそうだと思って買いました。会社で資料を作ることがあるのなら、まず最初のセオリー集として、本書を読むととても役に立ちます。もっと早く読んでおけば、もっと見やすい資料が作れたのに、と思うことしばしばでした。
セオリーを説明した後に、具体例として、ビフォア・アフターの資料が載っているのが良いです。同じ内容が、見せ方を変えることで、どれだけ読みやすくなるかがはっきり分かります。

文章をわかりやすく書くためには、結城浩「数学文章作法」。図表を使った資料をわかりやすく書くためには、本書。 この2冊が現在のおすすめです。

2019年2月後半の読了本リスト

「賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか」 井出留美
「知性は死なない 平成の鬱をこえて」 與那覇潤
「「研究室」に行ってみた。」  川端裕人
「勝間式 超コントロール思考」 勝間和代


「賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか」 井出留美

恵方巻など、食品ロス問題を時々目にするようになってきたので、全体感をつかみたくて買いました。
日本の食品ロス632万トンのうち、約半数(302万トン)は消費者由来、残り(330万トン)が、飲食店や食品メーカー、販売店など事業者由来。
半分は私たち消費者の直接的な食品廃棄、残り半分も、結局は私たちが購入したり外食する際の行動が原因なのだそう。

だから、食品ロスを減らすためにやるべきことは、スーパーやレストランを非難することではない。消費者個人で買い物の際にできる対策等がたくさんあり、それを消費者として各人が実施していくことが効果を出す、という極めて真っ当な論を丁寧に展開しています。「消費者として自分が何をすればいいのか」が明確に提示されているのでとても良かったです。

消費者が動きを変えれば、消費者のぶんだけではなく・事業者にも影響を及ぼすことができる。それは消費者にとって、個人でできることが現実を変えられるという希望であり、個人でやらねば現実が変わらないという責任でもあります。本書で得た知識を使って、今後食品をムダなく取り扱おうと思います。
あとは著者が指摘していた通り、買い物の仕方や、食べられるものの見分け方は、義務教育の家庭科の授業にぜひ盛り込みたいです。食べ物の栄養の勉強や、簡単な調理やお裁縫と同じように、買い物の仕方や食べられるものの見分け方は、十分実践的で役に立つ知識でしょう。

 


「知性は死なない 平成の鬱をこえて」  與那覇潤

大学教授であり「中国化する日本」で話題にもなった著者。その著者のうつ病経過に関する本ということで、なんとなく心配をしつつ手に取りました。
前半の、うつ病の症状、社会がうつ病にたいして持っている偏見に関する部分は、著者が実際にうつ病の患者として見聞きした体験なので、とてもリアリティがありました。偏見には自分でも思い当たる節があり反省する次第です。

著者は、自分に起きたうつ病の経過で、 能力が低下し、能力低下を自覚し、自分には価値がないと思うことで生きる気力が失われる、と述べていました。確かに、もし、自分で自らの価値だと思っている能力が失われていく、という体験をしたら。自分自身の価値そのものが失われていくような、強烈な喪失感に襲われて、生きる気力が失われるというのもわかるような気がします。

後半は、 知性の象徴である大学の中で著者が見聞きした、知性の敗北と呼ばざるを得ない様々な事例、世界で知性主義が敗北してきたという近代20世紀の歴史を挙げて、知性の敗北とこれからの展望について語っています。
著者が勤めていた大学での様々な事例は、大学にある程度の敬意を払っていた私にとっては相当にショッキングでした。社会全体で知性が敗北する趨勢にあるなかで、大学も例外ではないことが、内側から暴露されてしまったわけで。
ただ、大学を退職した著者が、大学の外にも知性ある対話ができる場がある、と理論や希望的観測だけでなく、自らの経験に基づいて最後に述べてくれています。それが、著者ご本人と、この知性の敗北した社会で生きていく私たち、両方にとってのパンドラの箱に残った希望のように感じます。

 


「「研究室」に行ってみた。」  川端裕人

研究者とは何をしているのか、どんな経歴の人がいるのか、理系研究者数人にインタビューした内容をまとめている本です。中学生や高校生でこれを読んでいたら、こういった、普段なかなかメディアでは取り上げられない、接することの少ない分野を目指すきっかけになるのかもしれませんね。
中高生以外にも、一般の人に研究者の実態を知ってもらう、ひいては研究への費用投下への理解を進める助けになるんじゃないでしょうか。本書のようなコンセプトで、文系研究者編もあったらいいのに、と思います。

 


「勝間式 超コントロール思考」 勝間和代

いつも通り、勝間節全開の本です。自分はどういう原則に沿って、具体的に何をどうやっているのかを、仕事・家事・健康面と幅広に説明してくれています。
仕事だけでなく、生活面(家事など)にもかなりページを割いており、家事と仕事の両立に悩む人にも役に立ちそうです。ただ、勝間さんが自分のことを語る本にはだいたいそうなのですが、良くも悪くも極端な例です。まるまるマネするというより、最先端技術での見本をみるような気持ちで読むのが精神衛生上よろしいかと思います。要は、完全コピーはできないけど、いろいろ参考になります。

面白かったのは、本書で「(仕事をする際)置かれたところで頑張ろうとせず、自分に向いたところで頑張れるようにしたほうが良い」と勧めていたこと。これは橘玲「もっと言ってはいけない」でも提示されていました。日本社会の現場を知る超リアリストである、勝間和代さんと橘玲さんが口をそろえて同じことを言っているというのはなかなか示唆に富んでおります。

2019年2月前半の読了本リスト

冊数少なめですが、こんなときもあるさ、な今回。行ってみましょう。

「サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~」鈴木智彦
「もっと言ってはいけない」  橘玲
「だから私はメイクする」  劇団雌猫


「サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~」 鈴木智彦

「アワビもウナギもカニも、日本人の口にしている大多数が実は密漁品であり、その密漁ビジネスは、暴力団の巨大な資金源となっている」という実態を、ルポライターの著者が、築地市場や密漁の当事者に体当たり取材して、生々しく描写しています。

密漁品がこれほど多く(上記の品目では半数近いものもある)出回っており、それに暴力団が深く関わっているということ自体がかなり衝撃的でした。
しかもそれらは、堂々と市場で卸され流通に乗ったり、観光市場で売られたりしている。これほど密漁品が横行する原因は、規制の問題もあるけれども、需要があるため高値で売れる、という実態あってのこと。消費者である自分も決して無関係ではないのだと思い知らされました。

ウナギの絶滅危惧種指定と、漁獲量、輸入量についても詳細が記載されており、そのあたりをきちんと知りたい人にもお勧めです。とりあえず本書でも提示されているように、少しでも保護につなげるためウナギは専門店以外では食べない(スーパーやコンビニで買わない)ことに決めました。


「もっと言ってはいけない」 橘玲

知識社会の仕組み、遺伝の中でも特に人種や性別などについて。様々な「残酷な事実」である知見を紹介しています。
前著「言ってはいけない 残酷すぎる真実」が、遺伝・外見・ 教育、といった関心ある人が多いトピックについて述べていたのと比べると、本書は、キャッチーさ、わかりやすさを代償とした代わりに、より深く掘り進めた続編だといえるでしょう。

前著からメインテーマとして通底しているのは、リベラルが世界中で掲げてきた「人間は誰しも平等で、努力すれば必ず報われる」という主張は、実は様々な学問分野で正しくないことが証明されている、ということです。
著者はこれを、純然たる科学的な事実として伝えており、それ以上踏み込んだ意見等は述べていません。科学的に証明された事実に、自らの解釈を加えることは、あえてしていないのでしょう。
これらの新しい、しかし受け入れがたい知見をもとに、いかに「平等であること」を考えるのか、「残酷な社会」に対してどのような対策を立てるのか、それを求め考えていくことを、読者に問いかけているだろうと思います。

学問的に証明された現実がどれだけ残酷で厳しいものだとしても、正しい現実認識をまず持たなくては始まらない。正しい現実認識がまず出発点だ、という点においては、「 ファクトフルネス」と本書とは、方向性は正反対であれど同じ認識のもとに書かれた本だ、と言えるのかもしれません。

 


「だから私はメイクする」 劇団雌猫

「浪費図鑑―悪友たちのないしょ話―」の続編に当たる本書も、面白そうなので買ってみました。『さまざまなジャンルのおしゃれに心を奪われた女性たちが、ファッション・コスメへの思い入れや、自身の美意識をつまびらかに綴り、それぞれが「おしゃれする理由」を解き明かす匿名エッセイ集』(本書紹介文より)です。

様々な立場の、様々な意見の、様々なメイクの女性達の綴った言葉を読んで感じるのは、女性が「メイクする」( 本書では、化粧だけではなく、髪型、服装も含めています) のは、社会に対して自分はどういう立ち位置を取るか、という問題と切っても切り離せない関係にあるのだ、ということです。
自分はそうではないんだけれども、その気持ちはよくわかる、というケースが「浪費図鑑」に比べてかなり多かった気がします。例えば「会社で周りの男性に、自分のメイクやファッションについて無神経に批評めいたことを言われ、それがいやなので、会社では地味で目立たないようにして、会社が終わったら自分の好きな格好をする」というケースなど。自分ではそういった経験はないのですが、もし周りから同じように言われていたら、同じような行動に出ていたかもしれないな、と共感してしまいます。

もしも女性のメイクや服装に、無神経な発言をする人がいたら(男女問わず)、本書を差し出すか叩きつけるかするといいかもしれません(冗談です!)。
少なくとも、女性が身繕いをする、おしゃれをする、という裏には実に様々なものがあるということは、本書で実感できると思います。