『ときどき旅に出るカフェ』 近藤史恵

 

Kindle1日セールになっていたので買いました(現在は終了)。ビストロ・パ・マルシリーズやサクリファイス(自転車ロードレース)シリーズなどのこの著者の小説が好きなのです。

期待に違わぬ、読後感の良い短編連作集です。
「こんな店があったら行ってみたい!」な小さなお店「カフェ・ルーズ」が舞台。カフェで供されるさまざまな食べ物・飲み物がモチーフとなって、お話が紡がれます。
メニューは、苺のスープ(表紙の写真はこれでしょう)、アルムドゥドラー(オーストラリアの炭酸飲料)、ロシア風ツップフクーヘン(チョコレート入りチーズケーキ)など、沢山の耳慣れないいろいろな名前の異国の食べ物・飲み物が登場して、どれも実に美味しそう!な描写なのです。雰囲気だけでなくこのメニューを食べてみたい…と思わされます。

さらに、単に物珍しい素敵なスイーツ、キラキラした場所のお話、というだけではないところがこの小説に奥行きを与えています。
主人公は、ちょっとしたきっかけでカフェの常連客となる37歳独身でマンション購入済の女性。この主人公の立ち位置から、社会のマイノリティとして多数派、マジョリティ側から無意識にかけられる圧力があることなどが、繊細に重苦しすぎずに描かれています。
そしてカフェ・ルーズが「ときどき旅に出る」、珍しい他国の食べ物が供されるカフェである理由もきちんと示されています。
知らない食材、食材は知っていても考えもよらないような組みあわせで出来ているさまざまな料理。それらを通しての、自分が考えているよりも世界は広いことを感じとってもらえればいい、自分の周りという狭い世界のマジョリティに従って苦しい思いをしなくていいですよ、という優しいメッセージが、お話に地に足の付いた雰囲気を与えているのでしょう。

本書がお気に召した方なら、同著者のビストロ・パ・マルシリーズ『タルト・タタンの夢』『ヴァン・ショーをあなたに』『マカロンはマカロン』もおすすめです。こちらの舞台はフレンチビストロで、ゆるめのミステリ短編集です。やっぱり美味しそうな気取らないフランス料理がたくさん。