『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(J.D.ヴァンス)

新聞の書評記事を見て、トランプ政権の支持層がどんな人たちなのかがわかることを期待して購入しました。 今まで知らなかった、トランプ政権の支持層=「ヒルビリー」と呼ばれる白人労働者層が、どんな時代の影響を受け今いかなる価値観を有しているのかを知ることも出来ましたし、単に知る以上の感情を惹起されました。

本書での著者の主張は明快です。自分を含めたヒルビリーという人々がどんな人たちなのか、彼らが自分たちの問題をどう感じているかを伝えたいということです。
ヒルビリーとはどんな人たちで、どんな問題を抱えていて、その問題をどう感じているのか。それらが著者の祖母と祖父・母親・著者自身の人生をひもとき、個別のエピソードを重ねることで語られていきます。世代間でどんな価値観が有され、それが伝えられ変質していくのか、そこから階層移動するにはどんなことが必要だったのかが、出来事の積み重ねにより追体験させられます。
個別のエピソードの集大成である著者の人生は、辛いながらも救いはあります(著者は現在「普通の生活を送り普通の幸せを得てい」ます)。でも、読後にまず感じたのは、著者が幸せになってよかった、ではなくこんな世界があるんだ、というものでした。ひとことではうまく言い表せない、もやもやした現実を突きつけられた感覚です。

私自身は、両親がいる家庭で育ち、経済的な貧困状態には陥らず生きてくることが出来ました。本書内でいえば、ヒルビリーよりも、アイビーリーグの学生(「人種は様々だが、全員が両親のそろった、経済的にも何ひとつ不自由のない家庭の出身」と表現されています)に近いので、著者が語るヒルビリーの世界は遠いものであるように感じられました。

本書が他の社会研究からの知見を述べる著作と異なるのは、圧倒的な当事者性です。著者は、自分の家族や親類を愛しており、ヒルビリーという人たちを愛しています。
自分はヒルビリーだと思っている、ヒルビリーを愛している、自分がヒルビリーであることを否定しないという強烈な当事者性。しかし、多くのヒルビリーが送る生活そのままでは、ごく普通の生活と幸せを得ることは難しいことも、著者はみずからの経験から明確に認識しています。これらが、本書に説得力を与えているのだと思います。

本書では、ある種の社会階層として貧困状態に固定されつつあるヒルビリーの実態が示されています。 このヒルビリーを、他のアメリカの社会階層とふたたび融合させるにはどうすればよいのか。

著者は、回答を出すのが本書の目的ではない、と断りを入れていますが、いくつか示唆をしています。
「政府や経済政策のせいにするのは間違っている」「自分たちで問題に立ち向かわなければならない」ともヒルビリーには語りかけますし、
「経済的なはしごを上れる労働者階層は少ないうえに、たとえ上ったとしても、そこから転げ落ちてしまうケースが多いことはよく知られている。アイデンティティの大部分が、どこかに置き去りになっているという不安こそ、この問題の原因の一端のように思う。だとすれば、国民の生活水準を向上させるには、適切な公共政策だけでなく、上流階層に属する人が、以前はそこに所属していなかった新参者に対して、心を開くことが必要になるだろう」といった提言もあります。   どうするにしろ、まずはヒルビリーというコミュニティの現実を「存在するもの」として明確に認識するところからしか始まりませんし、それはまさに著者の目的である「ヒルビリーの現実を伝え」られることなのでしょう。

ところで、日本にはヒルビリーそのもののコミュニティはありませんが、ヒルビリーの世界に似た現実があります。ただ、大人が1人の世帯の相対的貧困率は54.6%と,大人が2人以上いる世帯の12.4%の4倍以上になります。(2012年。内閣府 「平成27年度版 子ども・青年白書」http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h27honpen/b1_03_03.html より)

本書で遠くのアメリカのヒルビリーに思いを馳せる一方、日本ですぐ隣に同じような世界があることも忘れてはいけないとも感じさせられました。だからこそ私も日本の現実を明確に認識するところから始め、その先どうするのかを考えていかないといけない…はずです。

2017年6月の読了本リスト

この記事を作っていて気づきましたが、結構ベストセラー本が多い1ヶ月ですね。
まだ個別に記事を書いてない本もありますが、おいおい書いていこうかと思っているものもあります。(全部は書きませんが…)

『誰がアパレルを殺すのか』 杉原淳一,染原睦美

『ひとりでも部下のいる人のための世界一シンプルなマネジメント術 3分間コーチ』 伊藤守

『最強の地域医療』  村上智彦

『あなたのセキュリティ対応間違っています』 辻伸弘

『沿線格差 首都圏鉄道路線の知られざる通信簿』 首都圏鉄道路線研究会

『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』 J.D.ヴァンス

『バッタを倒しにアフリカへ』 前野ウルド浩太郎

『プライバシーなんていらない!?』 ダニエル・J.ソロブ

『非属の才能』 山田玲司